因幡堂(平等寺)
因幡堂(いなばどう)について
宗旨:真言宗
山号:福聚山
由緒
『因幡堂縁起』によると長徳元年(997年)、因幡(現在の鳥取県)国司・橘行平(たちばなのゆきひら)が、任を終えて帰京の途中、夢のお告げに従って因幡国賀留津(がるつ)の海中から薬師如来像を引きあげ、安置していました。
薬師如来像が行平のあとを追って京都に飛来したと言われ、長保5年4月8日(1003年5月12日)、行平の屋敷をお寺として安置しました。
桓武天皇以来、京中に東寺と西寺以外の寺院を作ることは禁じられていましたが、貴族の邸宅に祀られた仏堂のため許され、因幡堂と称されました。
承安元年(1171年)、高倉天皇より平等寺と命名されました。
御本尊の薬師如来は因幡薬師と通称され、日本三如来の一つに数えられています。
洛陽三十三所観音霊場二十七番札所
京都十三仏霊場七番札所
京都十二薬師霊場一番札所
因幡堂の写真
(撮影日:2019年1月10日)
病気を除いてくださる仏様、また、子授け、安産など家庭繁栄の仏様として信仰されていますが、特に『ガン封じ』で有名なお寺です。
本堂
鬼瓦
歓喜天堂
十九所権現
閻摩天
御本尊の薬師如来様とともに、健康と長寿を司られます。
因幡堂の御朱印
因幡堂の御朱印帳
因幡堂の所在地